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Chapter1 知のダイナミクスChapter2 知のエレメント Chapter3 知のメソドロジー
部分と全体をまたぐ
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システム方法論
ファジィモデル
カオス
複雑系
ラディカルな知の問い直し
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構成論的手法
ソフトシステム方法論
知識の体系化
科学計量学

Chapter4 知のエンジン
 


状況を構成してリアリティを創出する方法論
橋本敬
複雑系解析論


作ることによる理解

対象を観察・分析し、記述するという科学的方法は、何かを理解する唯一のやり方ではない。この分析的・記述的方法と相補的なものが「構成論的手法」、簡単に言うならば、システムを作って動かすことにより理解しようという方法である。
フォン・ノイマンは「機械は自己複製可能か」という問いに対し、実際に自己複製するセル・オートマトン▼1を構成することにより「可能である」と答える、構成的証明を行った(von Neumann, 1966)(*34-1)。彼はこの時、自己を複製するためには自己を観測する必要があるという「自己言及」の問題に行き当たった。そして、観測に対して安定な設計図情報(自己の記述)と、設計図を読み取る部分・万能組み立て機械(自己)を分離するという解を与えた[★34-1]。これはDNA分子が発見されるよりも前のことである。すなわち、ただ「可能である」ことを示しただけではなく、どうすれば可能か、可能にするためにはどのような条件が必要かを、構成する過程で理解し、新たな知見を得たと言える。
この「作ることによる理解」は、1980年代に人工生命研究として再び脚光を浴びる。これはコンピュータ、ロボット、生化学反応などの人工的素材を用いて生物的な振る舞いを作り出すことで、生物を理解しようとする分野である(Langton, 1988)(*34-2)。生物に関して分かっていることおよび、仮説に基づきシステムを合成し、そのシステムを(作るだけではなく)実際に動かし、その動作を現実の現象と比較し、あるいは未知の事実を探ることで、生物的振る舞いに必要な条件を知ったり、仮説をテストするのである。
このとき、何をもって生物的振る舞いが合成し得たかを問わねばならない。システムの構成と動作を通じて、この問いを深めることが人工生命研究の大きなテーマであり、いわば、人工生命の研究とは構成論的手法による「生命論」と言うこともできる。例えば、自己複製に関して、「システムを実際に作り、動かすこと」によって次のような問いが投げかけられている。それは、ノイズにあふれた環境に生きるダイナミックな生命システムにおいて「自己」と「自己の記述」は分離可能か、安定な自己の記述はどのようにして得られるのか、複製と変異はどう関連づけられるのか、あるレベルの「自己」の分化を組織化する上のレベルの「自己」はいかにして生成するか、といった問いである(Ikegami & Hashimoto, 1995)(*34-3▼2
構成論的手法は、何らかの対象をシミュレートするばかりでなく、新たな対象自体をも作り出す。その代表的な例は結合カオス写像系▼3である。これは、もともと何かのモデルとしてではなく、作られたシステムである。しかし、非常に豊富な振る舞いを見せるため、それ自体が研究対象となっている。そしてこの豊かな振る舞いから、現象の可能なクラスを考えることができ、生物や脳などの自然現象の動的な見方への洞察が得られている。

あり得た現在、あり得る未来について知る

「作ることにより理解する」という構成論的手法には、一見すると矛盾があるように思える。それは「何かを構成するためには設計図が必要であり、設計図を書くためにはその対象を分析し、よく理解しなくてはならない、よって、分析・記述が困難な対象に対しては構成的理解も不可能である」という指摘である。
しかし、実際はそうではない。構成するシステムを進化系とみなすことができるならば、複雑な現在の状態をそのまま構成するのではなく、その起源と考えられる状態と、変化のプロセス(例えば生物の場合は、突然変異と選択というダーウィン進化のプロセス)を実装することで、作られたシステムは自ら複雑化する可能性をもつ。この方法は、現在の状態に関してのみならず、そこにいたる過程についての知見も与えるものである。そして、現在の状況が実現し得る条件を知ることができるし、条件や初期状態を変えることで、あり得た現在、あり得る未来について知ることも可能である。
構成論的手法のさらなる利点は、従来の科学的手法が不得意とする主体性をもった対象へチャレンジできることである。もともと従来の科学的手法は、主体性をはぎ取った客観的存在としての対象を見いだすことで可能となる。一方、構成論的手法では、主体性をもった要素システム群(マルチエージェント▲と呼ばれる)とそれらの間の相互作用を構成し、その全体のシステムを客観的対象として考察の対象とする。すなわち、主体性を客観性の中に埋め込むのである。
このように構成論的手法は、複雑系などの現代の問題を研究し、既存の分野に囚われない知識を得るための重要なツールとなっている。そこでは、ただ外にある状況をシミュレートするのではなく、適切に抽象化してつくられた世界のダイナミクスを通して、存在論的に深められた洞察を得ることが可能であり、リアリティそのものを作り出しているとも言える。


  対応ARCHIVE
  マルチエージェント・
システム▲
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  ▼1
セル・オートマトン
空間を格子状などに区切り、その区切り(セル)のなかの一つひとつにオートマトン(自動機械)が入っているという抽象的な(現実のものではない)機械。個々のセル内のオートマトンは周りのセルの状態と自分自身の状態で、次の時間の状態が決まる。すなわち、空間・時間・状態がすべて離散的な機械。
  ▼2
人工生命
人工生命という分野はその後、生物だけではなく、社会システム、認知や言語などにその対象を広げている。そこでも、社会現象などがシミュレートされるだけではなく、社会とは、言語とは、が問われ、構成論的手法による「社会論」「言語論」が深められることになる。
  ▼3
結合カオス写像系
カオスを生じる写像(離散時間方程式)を相互に結合して、高次元カオス系を構成したもの。32項参照。
 
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