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Chapter1 知のダイナミクスChapter2 知のエレメント
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コミュニケーション

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なぜ再び状況か
下嶋篤
知識構造論


意味を「状況」によって捉え直す

意味論▲とは、ふつう、特定の言語表現がどのようにして特定の情報を表すようになるのかという問題を体系的に説明する研究を指す。例えば、英語の「Every man who owns a donkey likes it」という表現は、「ロバを飼う男はみんなそのロバが好きだ」という情報を表しているが、それがどのようなメカニズムによるのかとか、「it」という部分がその情報の表示にどう貢献しているのかといった問題が意味論の典型的な問題である。
1980年代の初めに、バーワイズ▲ペリー▲が〈状況意味論〉の原型を発表したとき、その直接のターゲットは右のような言語的表現の意味の問題であった(*24-1)。しかし、状況意味論は、その基本コンセプトの中に、言語的表現のそれを超えた広い範囲の意味の問題を扱う可能性を秘めていた。この項では、状況意味論の最近の形態であるチャネル理論の成果も念頭に置きながら(*24-2)、状況意味論の3つの特徴をまとめ、研究プロジェクトとしての状況意味論の現代的意義を明らかにしよう。

自然的サインとの連続性の中で

状況意味論のひとつの特徴は、人間が産出する表現の意味を自然界に存在する情報との連続でとらえる点である。例えば、蜘蛛の巣にかかった虫の死骸は、最近その蜘蛛の巣にかかった虫がいることを意味する。路面の水たまりは、最近雨が降ったことを意味する。これと同じ原理で、母親の「クッキー」という発話は、クッキーが焼けたことを意味する。
一見当たり前のことのようだが、虫の死骸や水たまりは、虫が巣にかかったことや雨が降ったことを意味する〈ため〉にそこにあるのではない。これに対し、母親の「クッキー」という発話は、クッキーが焼けたことを意味する〈ため〉に行われた。この違いのため、一方は「自然的サイン」、他方は「非自然的サイン」と呼ばれ、明確に区別される。
しかし、状況意味論は、こうした区別を超えた同じ情報のメカニズムがあるという仮説のもとに、自然的サインと非自然的サインの両方を視野に納めた意味の一般理論を目指している。

表現を個別的な状況と見る

状況意味論のもうひとつの特徴は、表現がある情報を意味する状況を個別的にとらえる点である。お母さんの「クッキー」という発話は、ある文脈ではクッキーが焼けたことを意味するが、別の文脈、例えば、子供がこれを発話したケースでは、クッキーがほしいことを意味するであろう。意味というのはこのようにきわめて文脈依存的である。
意味の文脈依存性そのものは珍しい現象ではなく、状況意味論以外の意味論の枠組みでも、その現象をとらえるための道具がいろいろと用意されている▼1
しかし、多くの場合、意味は個別の文脈とは独立に成立する規則としてとらえられ、文脈の介入による意味の変化は、その規則を複雑化することによって処理される。これに対し、状況意味論は意味を規則としてだけではなく、個別の対象である意味状況とのペアでとらえられるため、意味状況の変化に連動して意味規則が変化するのは、いわば常態であり、規則を複雑化して処理すべき例外的事態ではない。
この特徴によって、状況意味論は複雑な文脈依存現象に対し、きわめて堅牢なモデルを提供することができる。

複数の有意味な構造が相互依存する

状況意味論のさらにもう一つの特徴は、個々の表現をさまざまな特性をもつ状況としてとらえていることである。多くの意味論のアプローチでは、ひとつの言語表現に対し、ただひとつの解釈可能な構造が与えられ、その構造をもとにその表現のもつ意味が割り当てられていた。
しかし、ひとつの表現に対し、ただひとつの有意味な性質があるというのは、言語表現の統語構造についてのみ言えることであり、それ以外のケースでは、ひとつの表現に対してひとつ以上の解釈可能な構造や性質が備わっていて、しかもそれらが法則的に相互依存しているというのが現実的である。発話ひとつをとっても、有意味な性質は、そこで発話される文の統語構造だけではなく、イントネーションなどの韻律特徴や、発話の速さやタイミングなどの時間的特徴が有意味に働いている。また、言語的表現を出て、地図などの図的な表現を例に取れば、線の長さが道路の長さを意味し、線の幅が道路の幅、線の軌道が道路の軌道、アイコンの位置が建物の位置を意味しており、複数の有意味な特徴がひとつの表現の中で法則的に相互依存していることはさらに明らかである。こうしたわけで、意味論が言語表現のもつ純粋に統語的な性質に起因する意味だけではなく、韻律特徴や時間特徴などの準言語的表現の意味や、図や立体モデル、動画などの非言語的表現の意味についての体系的な理論を目指すとき、複数の特徴をもつ状況として表現を捉える状況意味論のコンセプトが重要になる。
このように、状況意味論は言語的意味の問題を超えて、準言語表現や非言語表現の意味の問題、表現の意味と環境との相互作用の問題(特に自然的サインの担う情報との相互作用の問題)▼2を取り扱うポテンシャルをもつ。一方で、「情報デザイン▲」(25項)などのコンセプトは、言語的表現を超えた広い範囲の表現について、その機能や品質を体系的に説明する科学を要求しており、意味論に説明が要求される現象は拡大傾向にある。難解という印象をもたれやすかった状況意味論であるが、こうしたニーズにこたえる意味論の一形態として、その根本的な側面をとらえ直してみるのも面白いのではないだろうか。


  対応ARCHIVE
  意味論▲
26
  バーワイズ▲
19
  ペリー▲
19
  情報デザイン▲
25
  ▼1
例えば、Kaplan (1977, *24-3) の内包論理における「キャラクタ」や、動的意味論(Heim 1982, Kamp 1981, *24-4*24-5)における「ファイル構造」や「談話表示構造」は、誰が誰に発話しているか、それまでの発話の内容はどのようなものであったかといった文脈的要素を、伝統的な形式意味論の中に取り込むための道具である。
  ▼2
例えば、窓ガラスが割れているのを見て「誰が割ったんだろう」と発話するケースや、雲が出てきて周囲が暗くなってきたときに、「洗濯物を出しっぱなしだった」と発話するケースなど、極めて日常的な表現行為の中にも、非自然的サインと自然的サインのインタラクションがみられる。
 
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